medock総合健診クリニックでは、各専門分野の名医と連携し、皆様の健康をサポートしています。今回は、大腸がん腹腔鏡手術の日本屈指のエキスパートである虎の門病院の黒柳洋弥先生に、大腸がんについて全3回にわたってお話しいただきます。第1回は黒柳先生の自己紹介と大腸の構造について、第2回は大腸がんの症状・診断・治療について、第3回は直腸がんの肛門温存手術について詳しく解説いただきます。
国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 副院長
消化器外科(下部消化管)部長 黒柳 洋弥
前回書いたように、大腸の中で直腸は少し特別です。直腸と肛門はワンセットで排便機能を担っています。直腸で溜められた便が漏れることが無いのは肛門には括約筋があるからです。
括約筋には内側の内肛門括約筋と外側の外肛門括約筋の2種類があります。内肛門括約筋は平滑筋といって意識的に動かすことはできない筋肉でできています。この筋肉があるおかげで、私たちは眠っている間でも便が漏れずにいられるのです。
外肛門括約筋は横紋筋でできていて、この筋肉は意識して動かすことができますし、鍛えることもできます。便が漏れそうになった時に我慢することができるのはこの筋肉があるからです。どちらの筋肉も排便機能にとっては重要な役割を果たしています。
直腸がんの手術は、かつては他の大腸癌と同じように癌から約7−8cm離して切っていました。すなわち肛門から7−8cmのところにがんがあれば、肛門ごと切除していたのです。この場合、必然的に永久人工肛門が必要になります。私が医者になった1980年代後半から90年前半にかけての話です。
ところが直腸がんの手術標本を良く調べてみると、肛門側への拡がりは、ほとんどの場合、早期がんであれば1-2cm、進行がんでも2-3cmまでにとどまっていました。肛門を温存するためには肛門括約筋を残す必要があります。通常肛門括約筋は約2−3cmの長さなので、「がんが肛門から4-6cm程度離れていれば肛門温存手術が可能」ということになります。
現在では多くの病院で、このような考えのもと、肛門温存手術が行われるようになっています。逆に言うと、現在でも肛門から4−6cm以内のがんだと永久人工肛門が必要になる、ということになります。
がんが肛門から外に顔を出していなければ
肛門温存のチャンスはある
でも、永久人工肛門になることは誰でも躊躇します。もちろん、永久人工肛門はそれほど悪いものではありません。特に足の悪い年配の方であれば、トイレに足しげく通う必要が無くなって、かえって楽なくらいです。それでも、「残せるなら残したい」と思われる方が多いのも事実です。私は大腸外科医として患者さんの希望を叶えたい一心で、そこにこだわってやってきました。
直腸がん手術において、がんを治すという考えと肛門を温存するという考えは二律背反です。どちらかを優先すると他方は損なわれてしまいます。がんをしっかり取りながら括約筋も残すためには、両者間で絶妙なバランスをとる必要があります。
もちろん一番の目的は”がんを治すこと”で、機能温存・肛門温存は二番手ですが、私はたくさんの経験でこの”さじ加減”がわかるようになったと自負しています。
括約筋間切除術、という手術が究極の肛門温存手術と言われていますが、この手術では肛門から剥離操作を行う必要があります。これには留学先であるNYのMount Sinai病院で学んだ知識が非常に役に立っています。
がんをきれいに切除するためにはどうしても括約筋(特に内肛門括約筋)を一部切除しないといけないことがあるのですが、そのままだと肛門は緩んだ状態になってしまいます。そうならないように、残った括約筋を縫い合わせて、しまりのある肛門を形作ることが大切です。これを括約筋形成術といいますが、Mount Sinai病院で学んだことをベースにして工夫を重ねたもの。得た結論は“できあがりの形が良い肛門は機能も良い”。
がんを治すということについて、直腸がんでは手術をサポートしてくれる、心強い治療法があります。それが術前化学療法(抗がん剤)、術前放射線療法です。
どちらも、手術の前にがんの拡がりを抑えて、さらにがんを小さくすることで、手術の時に切除する範囲を小さくしても、がんが残って再発することを防いでくれます。肛門に近い直腸がんで進行したものであれば、この術前治療をお勧めします。抗がん剤の進歩は目覚ましく、最近ではこの治療でがんが消えてしまうこともあり、そうすれば、「Watch & Wait」と言って、手術をしないという選択肢も視野に入ってきます。
肛門温存以外にも直腸がん手術には自律神経温存というテーマがあります。直腸のまわりには左右一対の骨盤神経という自律神経が走っていて、この神経を切除してしまうと排尿ができなくなったり、性機能が損なわれたりするので、これも患者さんにとってはとても重要な問題です。
腹腔鏡はこの繊細な神経を残す時に、拡大された明るい視野を提供してくれるという点で、とてもありがたい道具です。がんが自律神経に噛みついていて、一緒に切除しないといけない場合でも、左右のどちらかを残すことができれば、排尿機能については温存できることが多いのですが、そういった細かい手術では腹腔鏡の拡大視野はとても役に立ちます。
セカンドオピニオンを活用してください
検査やお薬による治療と違って、手術は一回でしっかり決める必要がありますから、手術を受ける病院は慎重に選ぶ必要があります。またご高齢であることや大きな余病を持っているということが理由で、病院によっては手術ができない、と言われてしまうこともあります。そんな場合でも手術を引き受けてくれる病院があるかもしれませんから、ぜひセカンドオピニオンを活用してもらいたいと思います。
以上、私が専門とする大腸がんの治療、特に手術について、簡単ではありますが説明させていただきました。
特に、私のライフワークでもある直腸がんの手術では、「永久人工肛門が必要です」と言われた場合でも、病院によっては肛門温存の可能性があるかもしれませんので、ぜひセカンドオピニオンを受けていただきたいと思います。その上で、ご自身が納得できる治療を受けていただくのが一番大切だと私は思います。
全3回にわたってお読みいただき、ありがとうございました。皆様の健康をお祈りしています。
全3回の連載は今回で完結です。ご愛読ありがとうございました。

黒柳洋弥(くろやなぎ・ひろや)
国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 副院長
消化器外科(下部消化管)部長
遺伝診療センター センター長
略歴
1962年 米国シカゴ生まれ
1987年 京都大学医学部卒業
1987年 京都大学医学部附属病院外科 入局
1988年—2005年 国立京都病院
2000年—2001年 米国マウント・サイナイ病院留学
2005年 公益財団法人がん研究会 有明病院
2010年 虎の門病院 消化器外科(下部消化管)部長
2019年 同副院長
主な受賞歴
2019年 日本内視鏡外科学会 第12回大上賞受賞
2021年 日本内視鏡外科学会 技術審査委員長(消化器・一般外科領域)
大腸がん腹腔鏡手術のパイオニアとして、モニターでの指導数も含めて5,000件超の症例を手掛ける、日本屈指の技術を持つ消化器外科医。特に直腸がんの肛門温存手術に力を注ぎ、「折れない心」をモットーに患者さんと向き合い続けている。

『外科医の矜持 腹腔鏡手術に魅せられた36年』
著者:黒柳洋弥
出版社:ゆみる出版
価格:1,870円(税込)
発売日:2025年3月
外科医としての手術を学ぶことの楽しさ、奥深さ、患者さんの人生に関わることの重さ、そこから得られる喜びを、若い世代へ、そしてこれから手術を受ける方々へ向けて綴った一冊。自分の知識と技術、そして折れない心を持って、患者さんと一緒にその一大事に立ち向かうこと、それこそが外科医の矜持である、という想いが込められています。